今、我々は時間測定について話しているのであって、職人技の極致といえる美しいムーブメントの装飾について話しているのではない。そのような装飾を手掛けているのは、職人技を高度に極めていることで有名な3つの例を挙げれば、グランドセイコーのマイクロアーティスト工房の人々や、グルーベル・フォルセイやフィリップ・デュフォーで働く人々だ。

しかしこれは、機械的側面における創造性ではない。
テクニカルな時計づくりにおける創造性が意味するものは、精度を向上させる技術的なソリューションの発明だ。(私は今、議論の前に議題となる用語を定義することによってちょっとした不正をしようとしているが、まあ、皆さん、ここでは私が保安官なのだ)。コスモグラフ デイトナ 偽物発明が有用であるためには1回きりのものであってはならない。ジョン・ハリソン(John Harrison)の有名なH4 マリンクロノメーターはクォーツと同等の精度で時を刻み、彼に経度測定に関する賞の受賞をもたらしたが、彼の卓越した職人としての技術と機械への深い洞察は、大規模に生産することはどう考えても不可能であり、実際のところ再現するのはとてつもなく困難であった。彼の輝かしい設計は、同時に輝かしい袋小路でもあったのだ。

一方で、レバー脱進機は再現性が高く、大規模に製造することができた。これこそが現在レバー脱進機だけが圧倒的に広く使われるムーブメントとなっている理由だ。
こういったわけで要するに、レバー脱進機は1750年代から存在し(一般にイギリス人のトーマス・マッジ<Thomas Mudge>が発明したとされている)、普遍性と信頼性を兼ね備えたという点で、この脱進機の右に出るものはいなかった。レバー脱進機は今も機能している。時計づくりにおける本当の革命、精度を大きく、もしくは圧倒的に変革する飛躍的進歩は、片手で数えられる程しかないのだ。
それは1650年代からあるヒゲゼンマイであり、今お伝えしたとおり1750年代からずっと存在するレバー脱進機だ。そして1920年代からあり、1969年に腕時計に搭載された水晶振動子だ。
紳士・淑女の皆さん、時計づくりとはこういったものなのだ。そのほかのすべてはおおむね、時計の機構そのものよりも、機械的側面での漸進的な改良(“漸進的”というのは少し公平性を欠く。というのも歯車の歯の形状を改良することは大きな違いを生むからだ)や、製造方法の漸進的な改善、材料工学の面での漸進的な改善である。温度変化や磁気に耐性のある素材は精度に大きな影響を及ぼす。ニヴァロックスのような合金ヒゲゼンマイ、シリコン、その他の非磁性素材がそうだ。しかしこれらは基本的な機構における画期的・革命的な進歩ではない。
あまりに多くの過去の発明が廃れて、長い年月が経った。私はあらゆるルモントワールが好きだが、現実を見れば、現代的な合金ゼンマイや自動巻き機構があるなかで、ルモントワールはビジネスクラスにアップグレードする代わりにオートジャイロが“必要”とされる程度にしか必要とされていないのだ。

人々は挑戦してきた。これまでの500年に数百もの脱進機デザインが生み出されたが、その多くは失敗に終わった。20世紀に登場したもののうち、機械的側面での革命に最も近づいたのはおそらくコーアクシャル脱進機だ。ご存じのとおり、ジョージ・ダニエルズ(George Daniels )が発明し、パテック(とその他)が継承し、オメガが大規模生産に成功し(そのことでオメガは、よりもっと大きな称賛を受けるに値すると私は思っている)、ロジャー・スミス(Roger Smith)が安定したアップデートと改良によって先導してきた。しかしそれは、レバーの数多あるバリエーションのなかにあって脱進機のユニークな革新として有力であるにもかかわらず、いまだに広く使われてはいない。オーデマ ピゲが2000年代初めに新たな脱進機の設計を試みたが、大規模に製造することは非常に困難だということがわかり、私が知る限り、この試みは頓挫したままになっている。そしてコーアクシャルもある種のハイブリッドであることは間違いなく、基本的にはレバーとクロノメーター脱進機を組み合わせたものである。