作品の中の恋愛って、あくまでも作品だから、やっぱり作品じみていて、人工的で、時に AI しか言えないだろ!と思うクサい台詞があるから機械的でもある。少女漫画やアダルトビデオ、恋愛ドラマ・映画、ラブソング。もちろん作品ならではの良さがある。だけど、それらの世界から抜け出して現実世界に戻ってくると、「はあ」とため息をついてしまうほど、現実とはかけ離れたものだなと痛感する。

だから、<愛がなんだ>という、“現実世界の女性たちが、恋愛というカテゴリに八つ当たりしている”かのようなタイトルの恋愛映画を知った時は、やや驚いた。これはもしかしたら、映画と現実世界の境界がない映画かもしれないと期待した。そしてその期待は当たった。

「どうしてだろう、私はいまだに、田中マモルの恋人ではない」。ワンフレーズのパンチ力。 これだけで、うわあと嘆いた女性も少なくないだろう。リアルだ。“私”というのは、岸井ゆきの演じる主人公の山田テルコ。田中マモルは成田遼。テルコはマモルに恋をしているのだが、マモルはただのセックスフレンド、会いたい時に会える女、都合の良い存在としか思っていない。つまりマモルはクズ。最初はマモルに対して「このクズ男!」としか思えないのだが、次第にテルコの重い愛情にも疲れてくる。 この映画は、二人の恋愛模様が描かれている映画ではあるが、説明できない映画だ。実際、前文の「疲れてくる。」の後に、さらなる説明(テルコの重い愛情が、どんどん変化していくと見せかけて変化しない、とか)を書こうとしたが、無理だった。

“習うより慣れよ”ということわざにかけて、“観るよりなれよ”というか。観て「なるほどね」 となるのではなく、当事者になれよ!というか。つまり女性たちはテルコになれよ!というか。だが、なれよ!以前に、もうなってんだよ!という女性の方が多い気がしている。上映後に席を立った隣の女性たちが「ふざけんなよマモル」と呟いていたのが理由だ。この映画 を観た女性は皆、現実世界でテルコと似た体験をし、マモルと同じクズ男を対象に、怒りや悲しみ、その他諸々の複雑な気持ちたちを「バーーカ!!」とぶつけている。 

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