私は中学二年生の秋、初めて合唱コンクールのピアノ伴奏をしました。


私は小学四年生の頃半年ほどピアノを習っていましたが、これは楽譜をすらすらと読めるようにするトレーニングと鍵盤に慣れる練習のためであり、本格的に習ったことはありませんでした。


夏休み前、私は担任の先生に合唱コンクールで伴奏弾ける人が居ないから弾いて欲しいと頼まれました。私は小学四年生からエレクトーンを習っていてピアノは半年ほどしか弾いたことがなく、少し嫌々ながら久しぶりにピアノを弾くのが楽しみでしたが、楽譜が読めるからという理由で伴奏者に選ばれた私にとってレッスンが始まると同時に想像以上に過酷な日々が始まりました。

ピアノは楽譜も弾き方も鍵盤の重さも椅子の高さも形も何もかもエレクトーンと変わっていて、基礎から学ばなければならなくて他のクラスや学年の伴奏者と比べてスタートラインの位置が違いすぎました。少しでも簡単に弾けるように先生が楽譜をアレンジしてくれて弾きやすくはなったものの、私が半分くらいまで弾けるようになった頃には他の伴奏者の子達はもう完璧に弾けるようになっていました。毎日朝の5時からピアノを弾き、学校から帰ってきて夜の2時までピアノを弾く生活はとても苦痛でプレッシャーと自分の実力の無さに、だんだん生きている意味が分からなくなってきました。私が居ない方がみんなは上手く歌うことが出来るかもしれない、このまま合唱コンクール当日になって失敗するよりも今死んで私の存在を消してしまえば優勝できるかもしれないなどと思うようになり、ご飯の味がしなくなって食欲すらなくなり、先生に怒られながらピアノを弾いている夢を見るようになり、リスカやレグカもするようになり最終的には10/15(誕生日)午前6時頃ピアノを弾くのをやめて屋根に登り飛び降り自殺をしようとしました。でもその頃まだ私は世界一愛しているBTSに会ったことがなく、韓国に住んでいる友達にもいつも仲良くしてくれているポロワニムにも会わないまま死にたくないと思い部屋に戻ってまた泣きながらピアノの練習をし始めました。いざ自殺しようとするとたくさんの思い出や会いたい人、これからしたいと思っていたことが次々と頭に思い浮かんできたことには自分でも驚き、これが世で言う病み期なんだなと確信しました。その日私は親友の🍏に死にたいと一言LINEをし、部活へ行き、ピアノのレッスンを受けて帰った後RまゆっこRというグループのみんなが誕生日をお祝いしてくれました。今まで死にたいと思い続け、この日実際に屋根に登って死のうとしていた私にとって産まれてきてくれてありがとうという親友の言葉はとても温かく少し元気になりました。

結果的に合唱コンクールでは完璧に弾くことができ、優勝は逃してしまいましたが私の中学校生活一番の思い出になりました。先生曰く合唱コンクールが終わったあとの私の顔はすごくほっとして安心した様だったそうです(笑)。嫌な事はしっかりと嫌と言い、辛い時は誰かに相談し、毎日泣くことも悪いことじゃないんだなって今では思えます。その頃は言葉で表せないほどとても辛くてしんどかったけれど、今ではこれも思い出のひとつです。一度合唱コンクールで伴奏を弾く体験したからこそ今の私が居ると思います。憎んでいた先生にも今は貴重な体験をさせてくれたことにとても感謝しています。

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